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あれほど鮮烈だった初心者の頃の記憶も、時間の経過と新たな経験を重ねるにつれて、徐々に薄れてきています。また、最近の病魔との闘いに全力を集中しているタメもあって、この項をいつまで書き続けられるか危うくなってきました。急がねば。いつまでも初心者ではないわけだし、SubPCに施したいろんな経験を早く完結せねばと思います。
さて、初めてのHDD換装は大成功でした。リストアも完了し再起動、果たしてうまく起動するのか? OSのロゴが現れるまでの何ともいえない時間の経過は、まさに固唾をのんでそれを待つといった具合でしたね。 ロゴも消え、いよいよOSが起動する動作に入ります。98SEはここでフリーズしてしまうことがしょっちゅうありましたから、まだ予断を許しません。何度せっかく起動したのに、マウスポインターがフリーズし、泣く泣く電源オフしたことがあったことか........。しかし、それは杞憂でOSも無事起動し、換装は成功したのでした。 ただし、UltaATA100で動作しているはずにも関わらず、体感できるスピードは、以前とさほど変わらないものでした。これには幾分ガッカリさせられましたね。やはり、体感できるほどのパフォーマンスアップは、HDDの性能よりもCPUの速さに依存するということだったのでしょう。 とはいえ、初めてのHDD換装が成功したことは、私にとって次のステップに進むための大きな心の支えになったことは間違いありませんでした。 その後しばらくはこの環境で使用していたものの、数少ないPCIスロットの有効活用に大きな疑問が芽生えてきました。なんとなく大して変わらないスピードを得るために、無駄にPCIスロットを使用しているようで、どうにもモヤモヤしたものが常に頭の中にあるようでした。 それで、結局は増設IDEボードは取り外し、直に取付けることにしたのでした。これはただ付け替えるだけでしたから楽なものです。なにか無駄なことをやってしまったような感じもしましたが、増設したHDDの容量は大きいので、それまでのように窮屈な思いをせずにいられるということは非常に有用なものでした。 |
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これまで主にハード関係とアプリについて書いてきました。しかし、マルチブートに挑戦する頃はもう初心者とはいえない領域に入っています。 SubPCはその後現在に至るまであれこれいじりまくり、一時はP2P専用PCに使おうかなどと考えたりしていましたが、現在ではノートPCが壊れてしまった娘の部屋へ移動して、第二の人生を生きています。 ハードやアプリのことは、また思い出したら書くことにして、忘れてならないのがインターネット(以下「ネット」と略す。)及びホームページ(以下「HP」と略す。)のことですね。今でも鮮烈な印象が残っているのは、ISIZEの「PC相談室」(以下「相談室」と略す。)でしょう。 初心者の頃は、PC雑誌がほぼ唯一の情報源でしたが、その雑誌の情報からISIZEのことを知り登録なんぞをして、誰かが寄せる相談とそれに対する回答を見ることは非常にいい勉強になりました。時には自分でも答えられそうなものには回答をしてみたりしていました。 そんなある日、ISIZEからメールが来ました。何だろうと見てみると、何と相談室からで、曰く「ある人が質問を寄せられていますが、貴方が最も回答者にふさわしいと判断しましたので回答してあげてください。」とのことでした。 はてな? そんな回答できるほどのスキルなんか持ち合わせていないぞ? でも、とにかくその質問とやらを見てみようか。という訳で早速ISIZEを覗いてみました。もちろん、この頃はネット接続はダイアルアップですから、電話代のことを気にしなくてはならず、そんなに悠長に構えていることもできません。 さっと質問をよんで、一瞬で考えたことを手早くキーボードへ打ち込み、回線は切断しなくてはなりません。今から考えると夢のような出来事ですね。とりあえず回答みたいなものを入力し、ヤレヤレと何とか義務(?)は果たしたぞと思うまもなく、また新たな質問が来るではありませんか!! 一体どうなっているんだろうと、相談室のシステムを見てみました。それを見て、これはヤバイことになったかなと思わざるを得ませんでした。 ヤバイこととは何か? それはまた次回に。 |
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ヤバイこと、それは回答すればするほど、適正のある回答者と見なされるとのことだったのです。もちろん、ISIZEの担当者が回答の内容もみて判断するもので、そうなると私の回答がそれなりに内容が良かったことになります。 はて、そんな大した内容ではないぞ? ただいえることは、自分なりに一所懸命に考えて回答しただけのことでしたが。 こうなると、質問は雪だるま式に増えていきます。あまりのことにネを上げ、しばらく無視しようとも考えました。回答するのはやめて、ROMに徹しようともしました。そうこうしているうちに、自分の経験もドンドンたまっていき、回答できそうな内容のものも増えていくことになりました。 質問をすることはほとんどなくて、他の人達が寄せたものの回答などを見ながら、またまた知識はドンドン増えていきます。それこそ、ある時期は加速度が付いたように増えていきました。 結局回答できる質問も増えていくため、さらに質問が増えていくという状況でした。そんなある日、ある方が寄せた質問に次のような内容の質問がありました。 「最近IEを起動すると、表示されるページが自分の設定したページと異なってしまう。変更した覚えはないし、再度設定しても再起動するとまた変なページになってしまう。」 というものでした。 これは今だから当たり前になりましたが、この頃は目新しいトラブルで、スパイウェアにハイジャックされた症状にソックリです。そこで、すでにAd-aware(現在はAd-Aware)というスパイウェア削除ツールのことを知っていた私はこのことを教えて、スパイウェアを削除してみたらいいのではないかという回答をしました。 このときの質問者との出会いが、誰あろう、私のPCにおける人生をガラリと変えてしまうような人との出会いだったのです。私はこの症状が人ごととは思えず、他の回答者が脱落していっても、最後までお付き合いし、無事トラブルが解決したとの返事に、心の底から喜んだものでした。 この出会った人というのが、今でもお付き合いいただいている"bug"さんだったのです。bugさんは既にHPを持っており、私をそこへ招待してくれたのでした(bug's world参照)。 その後、オンラインソフトの中でも音楽系に詳しかった私は、bugさんの依頼で記事を書いたりしました。今でも残っているかもしれません。ネット関係では、bugさんは私が足元にも及ばない知識の持ち主でしたが、システム関係や音楽関係は私の知識も捨てたものではなく、お互いに不足部分を補えるような仲間であることが分かり、それ以来、現在まで情報交換が続いているというわけです。 bugさんのHPに出入りしているうちに知り合うようになったのが、アジャさんという人で、私よりも更にハードやシステム関係に詳しい人でした。アジャさんもHPを持っていて、そこへ出入りしながら、教えを請うていたりしたのです(風に吹かれて〜参照)。 このお二方との出会いがなければ、現在の私は恐らくなかっただろうと思えるほど、彼等はインパクトのある人たちだったのです。 そうこうしているうち、私がHPスペースを借りていることを話したら、是非HPを開設するよう薦められたのです。さっぱり分からない分野のことですから、あまり乗り気はせずにいました。しかし、私にはHPみたいなものを持ったらあることがしたくてたまらなかったのです。 したいこととは何か? それはまた次回に。 |
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やりたいこと、それは友人のために貴重な音楽ファイルをダウンロード(DL)できるような、単なる ホーム・ページ(HP)を作成したいことでした。 試しにその当時職場にあった「ホームページ・ビルダー」(HPB)を起動してみましたが、全くチンプン・カンプンで、後で分かったこととして、専用の解説書がなければ初心者には全く手も足も出ない代物だったのです。 その当時所属していた職場では、統計関係の仕事をしており、自分が担当する仕事のHPを作成することも仕事のひとつでした。しかし、そのページはHPBを使って作成されており、その操作がチンプン・カンプンでは、仕事としてのHP作成ができないことになります。 さあて、これはえらいことになったな、というのが正直な気持ちでしたね。しかし、幸い数字に関する仕事なので、仕事量としては膨大な量があるわけではなく、その分析が主であることは幸いでした。他の問題としては、部下に精神を病んだ者2人が配属されていたことで、こちらの方がやっかいでしたね。 本筋からそれますが、この部下は通常の仕事では使い物にならず、体よく押しつけられた形でしたが、私はどこか使えるところがないか2人をよく観察し、それぞれ、ひとつだけあった能力を生かすことを考えました。 それは、1人は法律の解釈などに長けていること、もう1人はパソコンが好きで、Officeについては結構詳しいということでした。そこで、この能力を生かせるような仕事を与え、私はHPの作成に挑戦することにしました。 前述のように、HPBには欠点があるため素人にはよく分からなかったので、いろいろ試行錯誤した結果、タグを手打ちで作成してみることにしました。HPBの最大の欠点は、編集画面で編集したとおりにブラウザで表示されないというものでしたので、まあ使い物にならないという訳です。 さて、手打ちタグの参考書もありましたので、それを見ながら見本のとおりを作成してみました。打ち間違いがなければ、当然うまく表示されるのですが、完成後ブラウザで見てうまく表示されたときは感激しましたね。 いろいろと制約はありましたが、こうしてHP作成への第一歩は漸く踏み出されたのでした。 (以下、次回へ続く) |
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職場でHPが上手くできるのか? これはかなりのプレッシャーでもありました。幸い(?)その職場は墓場みたいなところで、職員の半分はゾンビみたいな連中でしたので、彼等をうまく操りさえすれば、時間はたっぷりとあるのでした。 この時間を利用して、タグ打ちの基本を独学した私は、なんとか締め切りまで、ページを作成し終えました。自宅ではこの知識を利用して、自分のサイト構築を着々と進めたのでした。 何とか、音楽ファイルがDLできるサイトを作りたいとの一心で、あらゆる困難を蹴散らしていったのです。そしてついに、2002年5月13日、記念すべき初ファイルをアップロードし、我がサイトは一応の完成を見たのでした。 しかし、あまりにもPCにのめり込みすぎたのと、ゾンビ相手の仕事のストレスも相当にあり、この年の11月に体調を崩してしまい、以後療養生活を余儀なくされます。それでも、PC関係に対する情熱は凄まじく燃え上がっていました。 若い頃は、オールディーズに対する情熱のみで生きていた私でしたが、久方ぶりに情熱が燃えさかっていたのでした。早速、アップしたmp3を郷里の友人にDLできることを知らせ、ページ容量の限界を測りながら作成に励んでいました。 友人から、アップした曲の感想を聴く度に、サイトを作ってよかったとしみじみ思ったものでした。 この頃は、タグにロボットからの収集を拒否するデータを打ち込んで、非公開としていました。サイトのURLを知らせたのも、友人の他にはネットで知り合い、サイト構築等に助力していただいた友人のみとしていましたし、その他の登録も一切していませんでしたから、アクセス数などほとんど伸びません。 逆にアクセス数が伸びると不安になったものです。何者が何用があって、オレのところにアクセスしたんだ? やたらにくるんじゃねぇ、このぉ!!って思ってましたから、偏屈親父ですよね。 病気になってからは、さすがに半年ほどはそれほどのめり込むこともできませんでしたから、ボチボチと体調と相談しながら、コツコツと知識を蓄えていったのです。 そんなある日、友人と電話でアップしたファイルの話をしていて、愕然としたのです。まさに、眼が点になる、青天の霹靂とでも言うべき話が、友人の口から語られたのでした。まさか、そんな!!なんで、そんなことが..........(絶句) (以下、次回へ続く) |
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圧縮ファイル (Zip, Lzh, etc.)や実行ファイル (拡張子 exe)は、リンク先をクリックするだけでDLが開始されましたから、この頃はmp3もそのままDLされるものと思いこんでいました。 ところが、友人と話していて何とmp3へのリンクをクリックすると、Windows Media Player が起動して再生が始まると言うのです。自分の環境では、ちゃんとDLが始まるというのに......。 なぜ同じようなPCやOSでありながら、こんなことが起きたのか、当時の私に分かるはずもありませんでした。やむを得ずリンク先を右クリックしてファイルに保存というメニューを使用するようにアドバイスして、その後原因が判明するまで、かなりの時間を要することになりました。 ネットで知り合った方からも、同様の状態であるとの報告を受け、これまで描いていたダウンロード・サイトの構築は無理なのかなという気もしてきました。所謂、挫折感ですね。 それでも、自分のPCからはDLのダイアログが現われるのですから、これは各自の環境問題であることに間違いはありません。そう確信して、原因を追及することにしました。 そうはいっても、一朝一夕に原因が分かるはずもありません。さらに経験を積み、ファイルに対する関連付けの知識が頭に入ってくることによって、その謎は解明されていったのです。 ネットでいろんな情報を見ていると、同様の症状の人がBBSなどで質問しているのをよく見かけます。その他、Tips系サイトなどを毎日のようにうろつきながら、少しずつそれは解明されていきました。 現在では、その謎は完全に解明され、その方法について自分で解説できるまでになりました。友人等には早速その旨のアドバイスをして、このトラブルが解決したのは言うまでもありません。 ダウロード・ページにはその注意書きを掲載し、これを読んで実践しさえすれば、このようなトラブルからは回避できるはずでした。しかしながら、PCの初心者にとっては、このことすら何のことなのか分からない人もいたことを知ることになりました。 私のように、トラブルに対し自ら立ち向かうような人は、そう多くはないということも知ることになります。 (以下、次回へ続く) |
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PC初心者とは、自分もそうであったように、PCの基本的操作を全く理解していない人達を指します。基本的操作の範囲はある程度幅がありますが、誰でもがすると思われるネット関係の操作としてダウンロード(DL)、電子メール、フリーウェアの導入などが主なものでしょう。 フリーウェアの導入に最低限必要なのは、圧縮ファイル (Zip, Lzh, etc.)や実行ファイル (拡張子 exe)は、を左クリックするだけでDLが開始されなければなりませんが、9x系OSで出現するダイアログの中のチェック項目を外すと不具合が起きたり、WinXP SP2ではDLしないがデフォルトだったりと、初心者を惑わす要素が多分に存在します。 次にやっかいなのは、DLした圧縮ファイル(正式には書庫ファイルといいます)の解凍でしょうね。私もこの意味が全く分かりませんでしたから。 以前、圧縮・解凍するツールは、圧縮して少しでもDLに必要な時間短縮することを目指して開発されていましたから、圧縮率が高いものに人気が集まりました。しかし、実験してみると劇的にファイルサイズが減少するものは、汎用性が低く使い物になりませんでしたから、現在では廃れてしまったようなものも沢山あります。 このところのブロードバンド環境では、むしろ本来の書庫ファイルとしての機能によって使用されているといえますから、圧縮率がそれほど高い必要性は減りましたね。 で、結局、zip, lzhや自己解凍のexeがほとんどになりつつあります。 以上のように、PCの初心者にはハードルが結構高いながらも、乗り越えなければ先に進めない問題があるわけですから、こればっかりは本人の自覚を必要とするのです。 乗り越えた後には、広大なPC原野が広がっており、どんな好きなことでもできるようになり、その無限性は尽きないくらいです。これまで、様々なトラブルと闘って得られた知識は、一朝一夕に獲得できるものではありませんが、常に前進しようとする姿勢があれば、確実に一歩ずつでも前身は可能です。 是非、私の経験なども参考にしながらトラブルと闘い、快適なPCライフを満喫できるよう努力なさってください。 (この項終わり) |
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初心者の頃遭遇したトラブルは筆舌に尽くしがたいものがありましたが、これだけは是非残しておきたいことを思い出しましたので、記録しておくことにしました。 未曾有とは珍しいという意味ですが、このトラブルが一般的にもそういえるのかどうかは分かりません。しかし、初心者にとっては「何でそうなるの?!」と思わず叫んでしまうものなのです。 それは、仮想CDを作成するという発想でした。PCの中に仮想CDを作成し、さらに仮想ドライブまで作成して、あたかも本物のCDの様に操作するという、それまでの常識を全く覆すようなものなのでした。 一体どういうものなのだろう? という興味が津々で、どうしてもこれをやってみたいとの誘惑には勝てませんでした。これと同種のものは後に「CD革命」なんていうものもありましたが、この頃知ったのは「Virtual CD」というアプリでした。 これはパッケージ版も発売されていましたが、安価なダウンロード版を購入することにしました。後で知った「CD革命」は非常に高価なものでしたが、こちらは比較的安価です。確か「CD革命」の半分以下の価格だったと記憶しています。 この販売方式は所謂シェアウェアと同等の方式で、Vectorのシェアレジで購入したのでした。しかし、これが後に大トラブルの元になるだろうとは予想だにしなかったのです。 元々OSには仮想なんたらという概念があり、これを利用したのが仮想CDで、ハードと同じように仮想ドライバをインストールして環境を構築します。しかし、この仮想ドライバが他のシステム・ファイルに干渉し、酷いときにはOSが起動しなくなったりします。 さて、購入した「Virtual CD」は元々台湾のメーカーが製作したものを日本語化したものでした。機能的には、高価な「CD革命」とさほど差は感じられませんでした。唯一問題があるとすれば、作成されたファイルの互換性でしたが、それも作成したPCで操作する分には何の支障もなかったのです。 仮想CDの作成作業は、圧縮を行うと非常に時間が掛るものでしたが、HDDの容量が少ない当時としては、できる限り高圧縮して格納することが必須といえました。 仮想音楽CDも作成でき、HDDの容量さえ気にしなければ、実に面白いものといえました。あるものを入れるまでは、特に問題もなく操作ができ、なかなかに快適なPCライフを楽しむことができたのです。 そのあるものとは何か? それは2つありました。最初に致命的なトラブルになったのは、CDRWをMOやRAMの様に扱うことができるパケットライトというものを入れたときでした。 (続く) |
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Virtual CDというのは独自のドライバをインストールするため、それがパケットライトと相性問題を引き起し、OSに重大な影響を与えてしまうものでした。 パケットライトはCD書き込み用のアプリWinCDRに本来は付属してくるもののはずでした。しかし、この頃はまだリリースされておらず、ライバルのB's Recorder Goldの後塵を拝していたものです。WinCDRは初めて購入したCDRWドライブに付属しており、これを正規版にアップさせ、さらにユーザー登録してリリースされるのを待っていました。 首を長くして待つとはこのことです。当時、CDR/RWの1枚あたりの容量は、データ書き込みに十分すぎるほどのものといえました。ただでさえ、HDDの容量がCドライブ僅か10GB程度では、フリーウェアなどを野放図にDLしているとすぐ一杯になってしまうので、データを上手く分散させいちいちCDRに書き込まなければなりませんでした。 今でこそ、それを自動的に振り分けてくれるツールもありますが、当時はそんな便利なものは見つからず、容量をギリギリまで計算しながら書き込むなんて、とてもそんな面倒なことはやってられないと思いました。 したがって、ファイル単位でFDの様にCDR/RWを扱うことができるパケットライトは、とてつもなく魅力的に見えたものです。それなのに、苦労してやっと入手した(無料)バケットマンとVirtual CDは相性問題によって、OSが起動しなくなるという重大なトラブルが発生したのでした。 どうしてもこの便利なものを使いたい私は、それぞれをリリースしているメーカーのサイトへ行き、情報を収集しました。最初にそのトラブルを認識したのは、Virtual CDのメーカー(台湾)だったように記憶しています。その後、WinCDRのメーカーAplixでも公開され、それぞれ対応するドライバをリリースして漸く問題が解決しましたが、この事実を受け入れられるまでの間、精神的な重圧は相当なものでした。 この頃から余計なものをやたらにインストールすると痛い目に遭うんだという認識が、徐々に私の中で構築されていきました。さらにその後、まさかのWindows Media Playerまでが同様の問題を引き起すとは、予想だにしなかったのです。 (続く) |
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前回から既に6か月が経過しています。特にメモをしているわけでもなく、記憶のみで書いているのに、この件に関しては未だに記憶が鮮明に残っています。余程のショックを与えられたものとみえます。 この頃のWindows Media Playerは、まだバージョン7くらいだと思いますが、今ではクラシックと呼ばれて却って重宝されている6から大幅にバージョン・アップし、その機能の豊富さからか、ベータ・バージョンの頃から話題が沸騰していました。 Virtual CDの相性問題は、競合したWinCDRの方との両方の対応で、トラブルは避けられるようになったと記憶していますが、Windows Media Playerの方は一向に対策が取られませんでした。 MSは全くそのそぶりすら見せてはいませんでしたので、仕方なく他のサイトなどを当たってみました。何となくもやもやしていたある日、どうやらWindows Media Playerに新しく登載されたCD-R/RW書き込み機能が悪さをしているとの情報がありました。 ベータのときはこんな事がなかったので変だと思ってはいたものの、まさか正式版でこんな機能が追加されていたとは夢にも思わなかったので、小躍りして早速この機能を使わないようにインストールすることで、トラブルは解決するに至ったのでした。 ところが、そんな思いまでしてインストールに成功しても、この頃のOSであるWindows98SEを入れたPCでは重すぎて、結局使う気が失せてしまうものだったのですね。ただ、新しモノが好きだったので、インストールしたままにし、たまに起動してみるといった使い方をしていたものです。 それにしても、CD-R/RWドライブを購入すると、必ずライティング・ソフトがバンドルされてくる訳ですから、何のために、しかも中途半端なこんな機能を追加したのか、MSのセンスのなさにあきれましたね。 結局、何も知らない初心者のみがこの機能を使おうとしてトラブルによく遭っていたのを思い出します。百害あって一利なしの例えのとおりの、全く無用の長物でしたね。 こうして、せっかくお金を出したVirtual CDやWinCDRが無駄にならなくて、全てのトラブルが解決するに至ったのでした。 (この項終わり) |