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いまから2年前の6月、初めて購入したPCにはWindows98SEがプリインストールされていた。購入前に、Windowsにするか、Macにするか一応知人に確認はしたが、Macを薦めるものは誰もいなかった。この時点では別にどっちでもよかったが、とにかくOSはWindowsに決定。ところがショップにいくとあるわあるわ、ほとんどがWindowsマシンじゃないか。いったい何を買えというのか?こうなるとあとは、メーカー、スペック、デザインなどで決めるしかない。ところが私の家の環境で、決定的な条件があったのだ。それは、置く場所が狭いということだった。当時はまだ省スペース型はあまりなくタワー型が主流であったが、とても置く場所がない。仕方なく探したのが液晶一体型であり、ショップにあったのは日立のPriusのみであった。予算は約20万円で、それに該当したのはPrius300Pのみであった。見た目も非常によく、何よりもディスプレイがすごくキレイで、DVDも見られるという。これで決まりだ、あとはプリンターを適当に選び、いよいよPCライフが始まることになった。実は、このマシンはFDDがサポートされていなかったのだが、このときは、容量の少ないFDなんぞは必要ない、CD-ROMがあれば十分さと思っていた。これが地獄の始まりになろうとは知るよしもなかった。
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当時は、今ほどパソにはまりこむとは到底考えられなかった。仕事場にもパソの波がひたひたと押し寄せてきていたから、それまでワープロがほぼオンリーながら、いずれはやらなくてはくらいには考えていた。思いがけなく予想に反して早く自分で購入することになったものの、インターネットなんぞは金食い虫だからやる気は全くなし、せいぜいワードやエクセルができればいいやと思っていたのに、初めてWindowsを起動したときの初心者の驚き!!いきなりネット接続せよだと!!なんだこれは、接続できなきゃパソ開始もできないのか、そんなバカな!!納得がいかないではないか、と思いながら仕方なく電話線を接続したが、待てよネットに契約してないのにどうやるんだ??ん?勝手に電話をかけとるぞ、電話代はどうなるんだ?そんなもん払う気はないぞ、てな訳で即刻切断。これは困った、このときはマジにプロバイダーとかいう代物と契約しなければパソはできないものと思ったのであった。ところが、あとでわかったことだが、少なくともWin2000までは登録せずともできたのだ。これはてっきり、Microsoftとプロバイダーの間に勝手に作られた密約で、まさに「Microsoftの陰謀」だと思うしかなかった。開始するだけで、初日は疲れ果てたのであった。
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やむを得ん、とにかくインターネットに申し込まなければパソができないという「Microsoftの陰謀」にはまるのはいやだけど、そんなこといっていてはいつまでも始めることすらできない。ここはひとつ加入手続きをするしかない、でどうやるんだ?そういえばショップでCD-ROMをタダで配っていたっけ、あれを使うのか?そんなはずはない、だいいち店がもう閉まっているではないか。それじゃあ明日まで待つのか?そんなバカな!!納得がいかんぞ、よし、いったんあきらめかけたが、もう一度画面を見てみようじゃないか。どれどれ.....と、なんだスキップができるようになってるぞ、こいつはどうだ?....おおっー!先に進んだぞ、ひょっとしてうまくいくのか?......ス・ス・ン・ダ...デキタ......始まったぞー、うまくいったぞー、って今から考えたらなんてあほなと思われるようなことが、はじめから起きていたのです。
とりあえずWinは起動した。で、何をやるんだ?やっぱりインターネットでもやるしかないのか?アイコンといわれるものをあちこち開いてみるといろいろな画面が出てくる。ふむ、おもしろくなくはないな。少しは、できそうだな。と、まだまだ地獄が続くとも知らず、このときすでに、とりあえずインターネットに申し込みをすることを考えていたのであった。 |
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なんだかんだと開始時のトラブルは後を絶たない。インターネットに申し込むのがまた一苦労。結局、最初に購入した子供の方は、インストールされていた接続キットでもなかなかうまくいかず、あちこち試してやっとあるプロバイダーからOKが出た。しかし、クレジットカードがなければ申し込みもできないなんて、プロバイダーはMicrosoftでは飽きたらず、クレジット業界とも連んでいたのか。うーむ。
自分の方は、NTTが大嫌いだから(ちゃんとした理由があるので、そのうち書きたい)、どうしてもDDI(現KDDI)のDIONにしなければならなかった。こちらは、ショップで配布していたCD-ROMで無事終了、当然我が家はDDIだから電話と同じ支払いができるため、クレジットカードは不要。これも好ましい、ガンバレ!!DION応援してるよ。おかげで、何とかネット開始、さてお次は何を? 地獄からやっと片足が抜けかかったとき、発生したトラブルは、ソフトの解凍にまつわるものでした。 ネット開始後、雑誌の情報を買いあさった。ついてきたCD-ROMにたくさんソフトが入っている。確かに雑誌は買ったが、ソフトって有料だよね??とりあえずインストールしようとしたけど、クリックしても何も起きない。普通はインストール画面が現れるんだが??ここで、付録のインストールは即座に挫折したのでした。圧縮されていたなんて、初心者が知るはずもない、雑誌にそれらしきことが書いてあり、解凍ソフトが別に必要なんだと!!で、それはどれなんだ??あーそれらしきものがあるが、これでいいのかね、と手を出したのはWinZipだったが、これが最悪な状況を招くことになるのです。 |
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インターネットで配布されているソフトがオンラインソフトで、フリーウェアとシェアウェアがあるなんて、ちょっとまじめにパソをやると誰でもわかることだが、初心者にわかるはずもない。WinZipはCD-ROMに入ってはいたけど、シェアウェアでしかも英語だった。普通の英語と違い特殊用語の多いパソ用語は実に難解でさっぱり操作法がわからない。最初からLhsa辺りにすればよかったものを、WinZipの方が名前がカッコよかったものでつい手を出したのが大きな間違い。結局わからずじまいで、とりあえずオンラインソフトのインストールはあきらめたのでした。
パソを始めて一週間がたった頃、身体がものすごく疲れるようになった。ソフトのインストールはうまくいかないし、身体は疲れるし、これは当分いやずっとパソは出来ないのかな?とマジで思っていた。実際この後しばらく遠ざかることになったのです。これまで、私の趣味?はパチンコだった。仕事から帰り食事を済ませるといちもくさんにパチ屋へすっとんでったものでした。成績はまあまあで、毎日やるだけの資金は常時有るといった程度だったが、ほとんど一日も欠かさずいくだけの資金は有った。大もうけはたまにしか出来なかったけど、そこそこ家計の助けにはなっていた。そこへ金を使うだけのパソの登場です。いかに仕事で使うからといっても、うまくいかなきゃおもしろくはないし、金も減る一方だし、これはパチンコに戻る方がいいかもとホントにこのときは考えていた。オンラインソフトを自由に扱えるようになるきっかけを作ってくれた、あのソフトに出会うまでは...... |
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そのソフトの名は「ファイルコンパクト」、雑誌のCD-ROMに入っていたいわゆるトライアル版である。しかし、他のソフトに比べ圧倒的にわかりやすく、一度使ったらもう手放せなかった。早速レジストすることにしたが、これが記念すべくオンラインソフトのレジスト第一号である。
これにより解凍が自由に出来るようになり、フリーウェアも含めたオンラインソフト三昧にのめり込むことになるのです。インターネットはまだダイアルアップの時代、一ヶ月20時間までのDIONに加入、雑誌の情報から主にVectorのフリーウェアのダウンロードやらMicrosoftのWindowsUpdateなどで、初月のネット料金はなんと3万円を突破!!今では到底考えられない。そこで、接続時間を計測するフリーウェアを装備し時間とにらめっこのネット状態に、でも毎月20日を過ぎると20時間を突破、これを過ぎると1分が10円という信じられないような料金、とても財布が持ちません。でもって、月末まではじっと辛抱することに、いわゆる膝小僧を抱いてじっとしてるしかないのだ。それでも、もうパチンコに戻ろうとは思わなかった。ネットを控えて、Windowsのカスタマイズに励むことになるのです。 カスタマイズには怪しい魅力があった。初期としては、お役立ちアプリをインストールし使ってみること。初心者がパソをやっているといえるのは、正にアプリのインストールが正常に出来て初めていえることだと思う。いかに、WordやExcelが出来ても肝心のWindowsが出来なくては、パソが出来るとはいえないだろう。各種の不具合に立ち向かってこそ、パソが出来るように成長してゆくのです。 この後の数ヶ月間の経験は、正に地獄そのものであった。その理由は、なんとマシン環境にあったのだ。ひとつ、FDDが装備されていないこと、ふたつ、DVD-ROMが標準でCD-ROMが装備されていないこと、これらの理由によって、いったん不具合に遭遇したら目も当てられない状態に陥ったのだった。その惨状についてはまた次回に...... |
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ひとつめの地獄であるFDDが装備されていないことについては、98SEが起動しなくなってから雑誌の情報などをあれこれ試しても結局リカバリーするしかないという事態に陥り、バックアップの重要性を認識、そのメディアにCD-R/RWを選択したときに痛感することになる。当然にドライブを購入しなくてはならないわけだったが、当時はSCSIドライブが主流でしかも高価であった。マイマシンはインターフェイスをほとんど省略した液晶一体型であり、接続できるのはUSB(1.1)のみという有様、インターフェイスを増設しようにもまだ珍しいロープロファイルだったから、ボードも売ってなかったし、お店のひとに聞いてもよくわからなかったようであった。
で、結局唯一のUSB(1.1)接続のドライブMELCO CDRW-446USBを購入した。喜びいさんで帰宅し接続しようとしたが、ドライバなるものをインストールするんだと、いくら何でもインストールという言葉くらいは知っていたが、はてドライバとは何ぞやという状態、ソフトは当然CD-ROMで提供されるとばかり思っていたが、何と!!FDDがなくてはインストール出来ないではないか!! なんたるアホらしさ、せっかくドライブを購入したのに接続出来ないのだった。 仕方なく、すぐさまFDDを買いに行った。ところが売ってるのは内蔵用ばかり、お店のひとに聞いたら棚の奥から出してきたのは、マルチメディアリーダーと兼用になっためちゃくちゃ高価なUSBドライブ、たかがドライバインストールのためだけに、約2万円は痛いじゃないか。今ではとても考えられないような状態だったのだ。やむを得ず購入し帰宅し何とかドライバは無事インストール完了、CDRWドライブは接続できた。しかし、しかあ〜し、バックアップはこれで簡単に出来るものではなかったのだ。 その前に、FDDに関するトラブルについて説明しておこう。とりあえずFDDも使えることになったし、情報にあったWindowsの起動ディスクでも作成しておこうと作成メニューを起動、ドライブにFDを入れ実行......はてエラーになるではないか。エラーの理由はと...何とFDDがインストールされていませんだと!! そんなバカナ、ちゃんと接続しているではないか、なぜだ! なぜなんだあ!! と悲鳴を上げることに。その後いろいろ情報を収集した結果、このUSB接続のFDDは、本来認識されるはずのAドライブとして認識されないため作成できないということであった。 最終的な結論を先に書こう、結局どうあがいても起動ディスクは作成できないのだった。パソのサポートへ電話したところ、純正ドライブでなければAドライブとして認識されません??何てことを言う。またまた仕方なく、それを取り寄せた。取り寄せにもトラブルはつきまとった。アホな担当者が型番を間違えて取り寄せたのだ。怒髪天をつくという表現をご存じか? この勢いもあり、苦言を呈するつもりで購入店へ事情を説明したところ、幸いにもこのくそったれUSBFDDは返品に応じてくれたのだった。実に有難かった。やっとの思いで取り寄せたドライブを購入、そして専用ドライバをインストールすることに、これがまたものすごく面倒くさいのだ。で、ようやくAドライブとして認識はされたものの、相変わらずFDDがインストールされていませんとなり、結局起動ディスクは作成できず、やむを得ず子供が購入したノートPCで作成したのだ。この起動ドライブがなければ、この後経験する各種バックアップは出来ないという事態になるところであった。 要するに、購入した日立のPrius300Pは、CD-ROMのリカバリーしか対応していないということだったのだ。地獄は延々と続く、しかしここまできたら負けちゃいられないではないか。なにくそ、という気持ちが沸々とわいてきたのであった。 |
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Windows98SEはトラブルの宝庫だった。おかげでPC雑誌は大繁盛。度重なるトラブルに真っ向から立ち向かおうと心に決めた私は、毎日のように昼休みを利用して職場の近くの書店へ行き、情報を収集した。もちろん重要なものは購入し帰宅後に試すという毎日だった。
結果的にいえば、トラブルの最大の原因はアプリやドライバをインストールすることによって発生するということを知ることになるが、それは大分後のことだ。また、インターネットもこれに次ぐトラブルの素であった。再起動はおろかシャットダウンも出来ない状況の続くマイマシン、当初はリカバリーばかりやっていたが、その都度構築した環境が破壊されるのに我慢がならず、購入したCDRWでバックアップをしようとした。初心者であるからして、Windowsフォルダをそのまま書き込めばいいものと思っていた。もちろんそんなもんではダメなんだけど、それに気づく前にCDRWにおけるトラブルに遭遇することになる。 それは今でこそ一般的になったBuffer-Underrun-Errorであった。記録というものはアナログレコードや磁気テープによるものが常識である世代の私にとって、CDに記録することが出来るなんて、まったく夢のような出来事であった。CDはプレスでしか出来ないと思っていた。それが何と自分でベスト曲を集めた音楽CDが出来るという、信じられなかった。それが出来る夢のドライブが目の前にあるのだ。うまくいかなくても仕方がないという気持ちを持ちながら、1枚が焼き上がるのを時間の残量を確認しながらまんじりともせず待つことに。 ところが、あと数秒というとこまできて、そのBuffer-Underrun-Errorが発生したのだ。これでこのメディアはゴミと化す。この状況は日によって違った。エラーが連発する日があるかと思えば、まったく起きない日もあった。同じようにWinを起動しているのになぜ?!それからというものは、何か役に立つツールがないか探す旅に出ることになる??書き込みに成功してもバックアップは役には立たなかった、当然である。Winが起動しなければバックアップデータを戻すことが出来ないからだ。CDR(RW)も書き込みに失敗するし、途方に暮れた。そのとき、希望の光を差し込んでくれる一つのアプリに出会うことになる。それは...... |
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CD-R All Writeか゜それだった。今でこそバッファアンダーランエラー回避機能はすべてのドライブに付属しているが、当時のドライブでは多分安価なモノには皆無であったろう。基本的にこのコンセプトは現在「すっきり!!デフラグ」に引き継がれている。「すっきり!!デフラグ」が出る前はCD-R All Writeにデフラグを設定し実行していた。これにCDライティングウェアをセッティングしOSを起動するとCD-R All WriteとCDライティングウェアのみが起動するため書き込みがかなり安定するというもの。この作者はこれ以外に有名なモノは作成していないようであるが、当時の書き込み技術に対し独自の理論を展開し、しょうがないとされていたバッファアンダーランエラーを完全とはいえないまでも、見事に回避してくれたものだ。これによって書き込みは安定したものの、ドライブの書き込み速度は遅くていやになった。
肝心のバックアップはいつまでたっても完成できない、これは別の方法を探すしかないとショップへ行った。いくつかのバックアップアプリはあったものの、CDドライブが対応していなかったりして、これというものは見あたらなかった。途方に暮れかかったが、HDDを利用して完全にバックアップすることが出来る「HD革命」に出会い、その後の私のパソ生活は一転して急展開を見せることになる。 パソを初めてから、雑誌のCD-ROMやダウンロードサイトのヴェクター辺りで、フリーウェアを探しインストールするのが主にやることであった。しかし、OSの不具合の原因がこれにあることに気がつくのはもっと後のこと。とにかくインストールしても使わないモノまで、せっかく入れたんだからとアンインストールせずにそのままにしておいたものだから、標準のHDDはすぐにいっぱいになってしまった。公称10GBであったが、いつの間にか残りがわずかになっている。これにはあわてた。たまり放題の圧縮ファイルをとにかくCD-Rに書き込み、何とかHDDの空きを確保したところで、ハタと気がついた。そういえば、HDDにバックアップデータを書き込むアプリがあったっけ。何とかそれが使えないだろうか?? このころは今ほどHDDが安くはなかったが、外付けという手がある、内蔵を交換するなど怖くて出来ない。さてどうしようかという思いで、そのアプリ「HD革命」のパッケージを手に取ってみた。なになに......何と内蔵した1台のHDDを分割してバックアップするだと!!どういう意味だろうか??この時点では、まったく理解の範疇を超えることだった。しかし、他に方法もないしとにかく試してみようと、このアプリを購入した。決して安いものではなかったが、リカバリー後の地獄から解放されると思えば、そんなことは言ってられなかった。この後、このアプリをインストールすることによって様々な経験をすることになる。この経験によって大きく飛躍することになるのである。 |