ふつうのコラム
2005/09/04 何でもかんでも
以前から作ろうと思っていた、オールディーズ、PC、オーディオ以外のことに関したページを設けることにしました。人生経験が長くなると、何か残しておかなければという気持ちが非常に強くなってきます。
そんなわけで、これまではThe Diaryのページを拝借していましたが、テーマによってはこちらに書くことになります。日記は本来、もっと軽いテーマを書くべきところではないかと思っています。
2006/02/12 ダリオ・アルジェントの作品 (1)
せっかく立ち上げようとしたこのページ、開設まもなくブログを始めてしまった関係で、思いついたネタは大半そちらへつぎ込んできました。そのため、こちらはなかなかネタが思いつかないこと、ブログの方が気軽に作成できることなどが理由となって、サッパリ記事を書くことも出来ませんでした。
ところが、せっかく書いたブログの記事は、日記という性質もあってか、すぐ風化してしまうことが分かりました。風化されないようにするには、工夫をそれなりにしなくてはなりません。しかし、それではサイト作成の苦労と何ら変わりはなくなる恐れもあり、今一する気になれませんでした。
一方、せっかく作成したブログも放置する気にもなれず、また、新しく知り合った方達との交流も始まり、ネタを追い求めては毎日記事を書くということを続けています。
これまでテーマを限定してきたこのサイトですが、他のことも書きたいという欲求に駆られ、せっかく立ち上げたこのページですので、これらのジレンマを解決する手段として、ブログと連動させてみることを思いつきました。
ダリオ・アルジェントの作品は、本国イタリアよりもアメリカで公開するという前提で、作られていたように思います。少なくとも、これまで「サスペリア2」(以下、単に「2」という。)が公開またはビデオ(VHS)化されたものは全て英語版で、俳優さんは口の動きから見て、確かに英語をしゃべっています。
本来のイタリア語版はというと、これを吹き替えたものになっているんですね。
完全版がイタリアで公開されたのかどうかは不明ですが、ビデオ向けに吹き替えたものとの見方が出来、英語の完全版は存在しないとなると、今回のDVDに収録された、音声の選択で英語ステレオは一体どうなるのでしょう?
完全版の英語音声を聴いてみると、公開版からカットされた部分は、何とイタリア語に自動的に切替えられており、その後また英語に戻るということが判明しました。
これは一見してインチキではないかと思われるのですが、ある意味では「ああ、ここが公開版からカットされていた部分なんだな」という見方もできるなと思い直しました。
こんなことが出来るのは、DVDならではのことでしょうね。今回、「サスペリア」」(以下、単に「1」という。)も同じシリーズとしてリリースされました。こちらも恐らく同様の手法で製作されているものと思われます。
これも、いずれは購入してみたいと思っています。
さて、2の完全版ですが、主人公のマークとそれを助けるジャンナとの関係が、公開版では今一描かれておらず、どのようにして協力関係になっていったのかは本筋に直接関係がないので、カットされたものと思われます。
もちろん、そんなものに興味がなければカットされていても充分ストーリーは理解できるので、楽しめないことはないのですが、マークと友人のカルロとの関係もかなり描かれており、これらを理解してこそ、この作品の良さがもっと分かるように思います。
一般のホラーは、主に残虐な殺人シーンを強調したものが多く、ストーリー性は犠牲になるものが多いのですが、一応2は殺人シーンが残虐で費やす時間も多いため、ホラーに分類されています。しかし、第一級のミステリー・サスペンスにも分類されてしかるべくものと私は考えています。
願わくば、ちゃんとした論理的なエンディングを迎えることが出来るこの作品の評価が、もっともっと高まって欲しいと考えています。
他のダリオ・アルジェントの作品で面白いのは、かつての美少女スターのジェニファー・コネリーが出演していた「フェノミナ」や、最近の「デス・サイト」などがあり、「フェノミナ」もDVD化されたものは、イタリア語版でした。
是非とも、これも今回のような方法でリリースして欲しいと思います。
2006/02/14 ダリオ・アルジェントの作品 (2)
昨年久しぶりでリリースされた新作、「デス・サイト」のレンタルDVDをまた借りてきました。時代は流れて、さすがにコンピューターが重要なファクターとして登場するようになっています。
オリジナルは2003年にリリースされたもののようです。映像の造りが、かつてのような極彩色のものと違って、ダーク・トーンになっています。音は相変わらず、バックのサウンドが大きく、台詞の音量が低くて字幕がなければ何を言っているのかよく分かりません。
VHSの頃はこんなことなかったのに、DVDになってからやたらダイナミック・レンジの広さを強調するような音作りの作品が多くて困りますね。
さて、内容はというと、女性を誘拐した犯人が警察へコンピューター・ゲームの挑戦をしてきます。警察側が勝てば人質を解放し、負ければ殺すという無茶苦茶な要求をしてきます。ゲーム自体はポーカーという昔ながらの単純なもの。
しかし、単純なだけに緊張感は嫌が上にも高まります。人間相手のポーカーならポーカー・フェイスの言葉もあるようにハッタリがききますが、コンピューターを通していてはそれもできません。
また、ディスプレイにはライブカメラで人質の様子が映し出されており、負けたときはライブで殺されるところが映し出されるという、何ともはやな演出です。尤も、これが後で重要な意味になってくるんですけどね。
勝負は街のカジノで勝ち続けているという19歳の若者を引っ張り込んでやらせます。コンピューター相手には無類の強さを誇る若者で、対戦しているのは犯人が手動でやっているのか、コンピューターがやっているのかは分かりませんが、いずれにしてもライブというところにトリックがありました。
さて、これをDVD-Rに焼いてゆっくりと干渉することにしましょうか。
2006/05/24 神奈川県の道路事情 (1)
私が住んでいる横浜を含め、神奈川県全体の道路事情は、以前からよく10年遅れていると言われてきました。それでも、最近は漸く有料・高速道路以外の環状線が整備され、以前よりは便利になってきたような錯覚を覚えます。
ここで、なぜ錯覚というかですが、確かに新道だけをみた場合はそのとおりなんですが、これまで何もなく直進できた旧道の方に交差点ができてしまうと、てきめんに渋滞してしまうのです。
道路というものは、やたらに繋げれば便利になるというものではなく、繋いだ場合に渋滞がどのように生じるかということを充分考慮する必要がありますが、現実にできあがったものをみると、その辺がうまくいっていないものがほとんどなんですね。
特に神奈川県は台地が多いため、道路は非常に造りにくい地形をしています。昇り下りの多いものを造るか、迂回した曲がりくねったものを造るか、トンネルを掘りまっすぐなものを造るかは、予算次第になるのでしょうが、少なくとも何のために造るのかを考えた場合、その結論は明らかといえます。
次に、渋滞や事故の最大の原因である交差点をどうするかが最大のポイントになる訳ですが、すぐに思い浮かぶのが一方を陸橋化して立体にすることです。しかし、陸橋側の道路はいいとしても、下側の道路は相変わらず交差点が残りますから渋滞は避けられず、また、陸橋側への出入りのため信号機が複雑になり、なおさら渋滞は促進されることになります。
超渋滞で有名な、16号線と246号線の交差点は設計失敗の最たるものです。国道としてのランクは当然ながら桁数が少ない方が上になるのですが、どういう訳かここを立体化するとき、東京方面へ向かう246号線の方を優先して陸橋化したため、下の16号線は信号機の複雑化により、以前より増して渋滞が促進されてしまいました。
早い話が、神奈川県にとって、東京方面へ向かう、すなわち通過するだけの車両が多い246号線を陸橋化しても、何のメリットもないことに気がつかなかったのですね。所詮、机上の空論における設計で、まさかこんなことになるとは思っていなかったというのが真相でしょう。
(続く)
2006/05/25 神奈川県の道路事情 (2)
この最悪の交差点、その後どうなったと思います? 結局、16号線の方を陸橋化する方向で回避することになりそうなんだそうです。陸橋化? オイオイちょっと待ってくれないかね。既に246号線が陸橋化されているのにどうするつもりなんですかね? フムフム、陸橋化の更に上に造るんだって? 馬鹿も休み休みいって欲しいですね。
常識からすれば、16号線の方は下をくぐらすもんだと思いますけど、一体何を考えてるんでしょうね。そんな訳で、実にお恥ずかしい次第です。
私が横浜へ移り住んだのは1972年のことでした。この頃、無料のバイパスとしては、現在でも優れていると評価できる保土ヶ谷バイパスの工事中でした。完成したときは、これが無料の道路か!!と驚嘆したものです。
その後、友人が異動で住んでいた愛知県の豊橋というところへいったとき、ここでは既にこの種のバイパスはごろごろしてましたね。いかに神奈川県の道路行政が遅れているのかと、これまた驚嘆しましたっけ。
尤も、愛知県の海側の大半は平野ですから、当然道路は造りやすいんですけどね。設計に対する考え方が根本から違っているように思います。
そういえば、首都高速もやたら便利にするためとかで、あちこちやたらに繋いだ結果、渋滞を促進するようになりました。設計上のミスを棚上げにして、その原因を料金所の支払いシステムの所為にして、ETC化に莫大な金を投入しているのは周知のことですが、もっと他に解消する手段を考えるべきではないでしょうか?
自然渋滞を除けば、交差点での流れの悪さ、合流方法の間違いなどが主な原因であることは、実際に運転してみるとすぐ分かることです。それをやってかやらずか、結果として実体を無視した設計によって発生しているのですね。
かつてスーパー・ファミコンで、「Sim City」というシミュレーション・ゲームをやったときに、やたらな設計で道路を造るとすぐ渋滞が始まり、責任者である市長のポイントはすぐ下がりましたっけ。
(続く)
2006/07/13 宗教戦争
世界中で戦争が後を絶えません。それは、昔のような侵略戦争ではなく、宗教戦争なのでどちらかが滅びなければ終わることがありません。
しかし、日本は織田信長により政教分離が実現してから、このたぐいの戦争を起こしたことはないのです。
日本も戦国時代までは宗門が武装しており、戦国大名並みの軍事力を持っていました。そのため、内乱としての宗教戦争が頻繁に行われていたのです。
特に法華宗は他者を認めない宗教で、しかも、武力を以て折伏しますから、当然他宗門との間に戦争が起きます。つまり、昔の日本の宗教も、現代の宗教戦争を引き起している国のように、宗教を政治に利用しようとしたので戦争が起きたのです。
信長以降の豊臣秀吉、徳川家康は信長の後継者に過ぎず、信長の描いていた構想は秀吉を中継して家康が確立したのです。確立後300年余りの間、日本は平和でした。いや、それは戦争がないという意味での平和であり、現代感覚から見たものとは違っていたわけですが。
日本は信長が行った政教分離以降、多神教の国となりました。万物に神が宿るという考え方ですね。一方一神教の国であるアメリカは、自分達のみが正義であるとして自分達の考え方を他国へ押しつけようとします。これはキリスト教こそ全ての源となるべき考え方であるという観点から出発しているから必然的にそうなるのです。
また、イスラム教を信じる一神教の国も同じようなもので、他者を認めないことには違いがありません。結局、双方とも自ら信じる一神教の基に、世界を征服するまでその行いが続いていくわけです。これは不毛ですよ。終わりなき戦争状態を脱するためには、日本のような多神教の考え方の国が力を付ける以外にはないようにも思われるのです。
多神教はある意味で無神論者の集団であるともいえますが、現代日本はそれに非常に近いように思います。しかし、完全に宗教を捨て去っているわけでもないとも思われます。それが確認されるのは、日本が宗教戦争に巻き込まれたときでしょうね。その危険がひたひたと近づいて来つつあります。
さらに、敗戦という手段で得られた今の平和も風前の灯火のように思えます。それはなぜか、平和ボケがいずれはその結論を出すことでしょう。もう一度自分に問い合わせてみてください、自分は平和ボケしているか否かと。もし、していると思えたならまだ救いはあります。それは平和ボケしていないからです。俺は平和ボケなんかしていないと思われるのなら、それは非常に危険です。なぜなら、それは平和ボケしているからなのです。
平和ボケの世の中になってしまえば、いずれは破壊されなければならなくなることでしょう。そうならないために、自分たちの子供や孫達が真の平和の中で生きていけるように、今一度我々大人達が立ち上がらなければならなくなる日がくるかも知れませんよ。
2006/11/07 ポール・モーリア氏、死去
先日新聞で報道されたとおり、2006年11月3日に死去しました。81歳だったそうですが、長く生きた方だと思います。今のところ生年月日は不明ですが、ものの本によると、1925年生まれ、10歳のときパリに移り住み、17歳のときには既にオーケストラを結成していたとのことですから、音楽的才能に恵まれていたことでしょう。
しかし、世界的に有名になったのは、'65に Paul Mauriat & His Orchestra を結成し、'68にLove Is Blue (邦題、「恋はみずいろ」)が、世界的に大ヒットしてからでしょう。ヨーロッパ系のものを多くリリースしている、アメリカの Philips レーベル 40495 としてリリースされたこの曲は、'68.1.9付けBillboard誌HOT100に初登場し、その後18週間にわたってランキング、最高位第1位を獲得しています。
'68といえば、当時私は、Rock'n Roll が死滅した'67の後の年代と定義付け(定義付け自体は'70年頃)していることもあって、新しい曲はかなり無視していました。特に、オーケストラ系のものが大ヒットするのには我慢がならず、そう言った意味で曲の出来はともかく、この曲にいい印象は持てませんでした。ただでさえ、OLDIES 調の曲がヒットしなくなっていた時期ですから、なおさらでした。
ときを超えた今となっては、全てが思い出の彼方にあります。素直な気持ちで、彼の功績を評価し、その死を悼むことができます。
このようなケースの常として、その後Billboardでヒットを連発するというわけにはいきませんが、Love In Every Room (Philips 40530), Chitty Chitty Bang Bang (Philips 40574)が、チャートに登場しています。
日本での人気は特に高く、「エーゲ海の真珠」「涙のトッカータ」などを生みだし、イージー・リスニングという分野を確立させたとのことです。
ご冥福をお祈りいたします。